お金の毒 - 活動事例1

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具体的な成果が見える再生例に関しては私たちの書いた本「『お金の毒』な人々」を読んでいただく事にして、私たちが重視する「人間同士のぶつかり合い」を端的に垣間見ることが出来る例を挙げておきます。すべて事実ですが、業種人名地名等はプライバシーを尊重し、すべて変えてありますことをご了承ください。


■第一章 人間同士のぶつかり合いが法を越える

「お金の毒研究所」に中京地区のビジネスホテルの再生の件で依頼がありました。
 利益は出ているが、銀行への借金の支払いが多く、支払いが滞り始めたというのです。
 ホテル運営会社(株) トーラベールの社長は山下美代子さんというまだ20代の女性です。最新式のホテルで、ビジネスホテルとはいいながら、実際にはカップルが密会に使うホテルとして人気を博していました。
 二十代でホテル経営とは、正直なところたいしたものだと思いましたが、スタッフが電話で話を聞いて見ると、どうも完全なオーナーというのでは無さそうです。
 山下社長が、あるカルチャースクールで知り合った男性に、自分の理想のホテル作りの話をしたところ、意気投合したその男性がオーナーとして金を出そう、と言ってくれたのだそうです。別に男女の仲でもなく、単なるビジネスパートナーとしてホテルに出資させたということでした。
 ホテルは山下社長が中心になって設計をし、内装も決めました。ただの雇われ社長のようでもないようです。
「嘘のような話で、本当にこんな幸運な女性もいるんですね」スタッフはそう思いました。
 建設資金はその男性が出すこととし、ホテルの設計、備品の調達、営業については山本社長が行ないました。凝りに凝った内装備品としたため、女性に大人気で、ホテルの稼働率は高く、売り上げも順調に伸びていました。
 しかし、対費用効果を考えていませんので、この規模のホテルにしては初期投資が異常に高く、金融機関への支払いが追いつきませんでした。建物の建設費だけで八億円かかり、備品にもすべてホテルのロゴを入れる凝り様で、統一感を出すのは良いとしても、高級ホテルというわけではなくゴージャスなラブホテルといった体裁でしたから、それに見合うだけの宿泊費をお客から取れるわけでも無かったのです。
「利益額=経費」つまり収支ゼロの地点を損益分岐点といいますが、常に七〇%以上の稼働率があって初めて利益が出る、という損益分岐点が非常に高いビジネスモデルでしたから、時間と共に経営が悪化するのは当然だったのです。
  このスポンサーは、実は地域でも有名な実業家でした。融資時点で一定期間ホテルの赤字を見込んで、「その実業家の保証があるから」と銀行も運転資金という名の赤字補填金を加えて融資していました。ですから実はスポンサーからの別枠の補てんも前提の事業計画だったのです。従って、これでは事業として成立しないため、この赤字解消をどうすればいいか、というのが私たちに対する相談でした。
 しかし、事態は急展開します。私たちが再生に入った一カ月後、突然、その実業家はくも膜下出血で死んでしまったのです。
 保証人が突然死亡したことで、人的保証人の担保不足と認識されたことに加えて南中、銀行は「このような採算分岐点の高いホテルを企画した経営者の山下さんには経営能力はない」と判断しました。また、山下さんは、資産のことに関しては何も権利がないため、彼女をかやの外において南中銀行はさっそく回収にかかります。まだ支払いが一度も滞っていないにもかかわらず抵当権を行使し、競売の手続きをしてきたのです。
私たち「お金の毒研究所」のスタッフは南中銀行に対し、怒りを覚えましたが、内情を調査してみればある意味しょうがないと思わせられるほどに、山下社長の経営感覚が欠落していることが分かってきました。女の子の夢だけで作られたこのホテル。ホテルを実質的に機能させる機械類がすべてリースで購入されていたのです。最新式の機械式料金箱、ホテル内の監視システム、防犯設備。これらがなくてはホテルは一瞬たりとも機能しないと考えられるものがすべてリース。一つでも回収されたらその時点でホテルの運営はストップしてしまいます。クライアントである山下社長の希望はできるだけ長くホテルの経営を続け、利益をストックしたいとのことでしたが、このようなめちゃくちゃな借り入れ状況では守ってくれといわれてもそれはいかんともしがたいように思えました。
それなのに支払いを止めてから一年以上も営業を続けられたのはなぜか?それにはいくつもの要素があるのですがただ一点。私たちは当初はリース会社と激しくやりとりを行い出来る限りの防御をしていったことは間違いありませんが、支払不能になったのは山下社長の側でした。ですからどんなに手をつくそうと、リース会社は当然差し押さえをかけてきてもしかるべき状況ではありました。ところがある時点を境に、彼らからの攻撃は止んだのです。その理由は競売になって初めてわかりました。